ヴルカヌス・イン・ヨーロッパプログラム
日本人学生対象
山田 修平
ヴルカヌス・イン・ヨーロッパ2019年度派遣
語学研修:英語(アイルランド)& オランダ語(オランダ)
企業研修:Siemens Industry Software NV (ベルギー)
応募時、航空宇宙工学専攻
派遣時期:学部修了時
いきさつ
 私がヴルカヌスプログラムについて知ったのは6月末でした。それまでは院試勉強一筋で憧れの東京生活を送る来年を夢見ていたはずなのに、いつしか来年の理想は欧州で過ごすものに変わっていました。志望理由は簡潔に記すと日本と米国に加えて、第三の足場を欧州に築きたかったからです。その熱意とエンジニアとしてのポテンシャルを上手く伝えられたのか無事選考は通過し、卒業研究を行いつつ欧州生活に期待を抱く年となりました。
語学研修:アイルランドとオランダ
 語学研修の前半は英語を学ぶためダブリンに滞在しました。ここでの生活はホストファミリーのおかげでかなり楽しいものとなりました。というのもホストファミリーは常時3,4人を受け入れているプロで、メキシコやブラジル等たくさんの国の友人と仲良くなることができたからです。平日は語学学校の仲間とアイリッシュパブのGuinness で乾杯し週末は同居人たちとアイルランドの四隅を探検しに行く、まさに人生の夏休みでした。
 語学研修の後半はオランダでオランダ語を学びました。最初は発音の仕方もわからなかったs’Hertogen Boschという街は行ってみると地方ながら都会の暮らしやすい街でした。オランダ語は英語と似ているとよく聞いていたのですが極めるにはやや難しい言語で、思っていたほど自分の上達が早くないことに焦りつつも、相変わらず週末はオランダの様々な街を冒険する楽しい生活を送っていました。
企業研修とベルギー
 正直なことをいうとオランダやアイルランドの記憶はそこまでありません。それぞれ1,2か月程度しかいなかったこともありますが、何よりもそのあとの8カ月のインターン期間があまりにも印象深かったためです。Leuvenで過ごした8カ月間は刺激的で、アットホームで、そして圧倒的に幸せでした。その要因を3点に分けて紹介しつつベルギーでの生活を振り返りたいと思います。
 まず一点目は仕事がとにかく面白かったことです。私はSiemens Industry Software NVというLeuven郊外にあるシーメンス系列の会社でインターンをしました。シーメンスといえば電化製品や高速鉄道のイメージを持たれる方も多いと思いますが、私の部署は主に自動車産業を相手にエンジニアリングコンサルティングを請け負うところでした。数値シミュレーションも実車テストも両方手掛けており、私は学部時代に数値流体力学を専攻していた経験からシミュレーション部門に配属され、特に自動車の振動・騒音現象の解析を担当しました。この仕事は今までの私の産業界に対するイメージを覆しました。基本的に経験論と惰性で製品をデザインするために物理の知識などはあまり使わず、したがって博士よりも学部卒が活躍するようなところが産業界であり会社だと思っていました。私は真理を探究するアカデミアと利益を追求する産業の違いを過度に恐れ、大学では割と上手くやっていた自負があっただけに社会で通用するスキルが自分に備わっているのか過敏になっていました。しかし博士や博士課程のチームメンバーと共に未知現象に挑み、毎日が新たな学びを伴う刺激的な日々を過ごしているうちにそれは杞憂であることが分かりました。私が大学時代に培ってきたスキル、目指していた自分像は社会でも十分に通用するものであると体感できました。それと同時に、時間が区切られたうえでの研究開発や必ずしも自分の研究をすべて把握しているとは限らない上司・チームメンバーに対するプレゼン力、現象を理解することと実用的な問題解決の間のバランス感覚など会社で働いたからこそ身についたスキルも数多くありました。バランス感覚について印象的なエピソードを一つ紹介すると、上司にとあるアルゴリズムの誤差について解析を頼まれたときに、統計的な処理にはあまり自信がないことを正直に伝えると不思議そうな顔で、“3つほどの代表例に対する誤差を出してくれればいいんだよ”と返されました。誤差といえば確率密度関数や統計的な処理を…と必要以上に難しく考えてしまったことを反省しました。Siemensで得た経験は本当に貴重でした。
 二点目として、とにかくLeuvenで得た友人たちと馬が合いました。私は6年ほど米国で暮らした帰国子女です。それを短いと取るか長いと取るかはお任せしますが、私にとっては多感な時期と被ったこともあり額面以上に長い期間でした。それもあり、本プログラムで自分のアイデンティティに関わる様々な発見ができました。特に驚いたのは、欧州での友人を作ることのハードルの低さでした。誰とでも気軽に話せるし、知らない人だらけのパーティーでもすぐにアットホームになれる自分がいました。その理由の一つにpop cultureに対する知識があったと思います。Back to the Future, Kim Kardashian, Speak Now…これらを自分は知っていました、常識ともいえました。三浦春馬、逃げ恥、KingGNU…これらは今ググって出てきた、巷では有名だという聞いたことしかない言葉でした。私はPop cultureに疎いわけではなく、違う文化圏に属していたということを今更ながら気づきました。また、政治に関する話題は避けるのが無難な日本と違い、欧州では酒の肴に政治談議をすることがよくありました。とあるクリスマスパーティでバレンシア出身の方とカタロニア独立運動について語らったことや日本学科(Japonologyというらしい)の学生と憲法9条について酒越しに深夜の学生寮で議論したこと、ルーマニアのキャビンで欧州統合の未来について同僚と語り合ったことを私は忘れません。
 三点目としてヴルカヌスの仲間たちの存在が挙げられます。同じ状況に直面している人たちが十数名もいて、いつでも相談できるという安心感は計り知れません。特に今年はベルギーのビザ事情が少し複雑だったので、同じベルギーに滞在する仲間がいたことは心強かったです。また欧州中に散らばる彼らを訪ねた旅は非常に貴重な経験となりました。欧州に滞在した12か月で11ヵ国も旅行できたのは一緒に旅行に付き合ってくれた彼らのおかげです。
 この3点だけでなく、狭いながらcomfortableだった自宅、学生街であるLeuvenと多国籍企業Siemensの特殊な多文化環境、ベルギーの暮らしやすい気候など様々な要因によって私は人生で最も幸せなひと時をベルギーで過ごせました。
今後に向けて
 以上とにかく楽しかったことをひたすら書き連ねたのですが、結局何を得て、どのようにそれを活かすつもりなのかも書きたいと思います。まずは冒頭でもちらっと書きました、“第三の軸”を得たと思っています。明らかに欧州で出会った価値観は日本や米国のそれとは違いました。そして嬉しいことにその多元的な思想は日米双方ともに完全に溶け込めなかった私にとって異質なものではなく、むしろすんなりと受け入れられるものでした。次に研究に対する自信がつきました。アカデミアとインダストリーの違いを恐れる必要はないと体感したため、気兼ねなく今後の大学院生活も研究に没頭できると思います。最後に人生に対するハードルが上がりました。Leuvenでの生活と今後の生活を比べてしまうことは容易に想像できるので、これ以上の幸せを掴み取るという挑戦に挑まざるを得なくなりました。
 私は学部修了とともにヴルカヌスプログラムに参加したので、今は大学院で研究生活に戻っています。といっても普段は大学ではなく、某宇宙機構で深宇宙探査機の研究開発に関わらせてもらっています。今後どのような道に進むかは未定ですが、どこの国でどのような業界で働こうとも持ち前の物理工学・航空宇宙工学を駆使しておもしろいことをやっているだろうと確信しています。そしてこのあまりに楽観的な展望はヴルカヌスプログラムによって得られた上記3点の帰結なのだと考えております。本当に貴重な一年間を過ごせました。日欧産業協力センターの皆様に深く感謝申し上げます。
欧州滞在最後の一枚。
空になった自宅でStella Artoisのビールを飲みつつ、
お世話になったLeuvenの街並みを眺めていました。

(2020年 執筆)

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