産業加速法の概要

© European Union, 2026 – Photo: Claudio Centonze
2026年3月4日、欧州委員会は産業加速法(Industrial Accelerator Act、以下IAA)を発表しました。同法案は、戦略分野におけるサプライチェーンの強靭化と産業基盤の強化を重要課題とし、製造業投資の拡大を通じた競争力強化を目指しています。近年、経済的依存関係が戦略的手段として利用される中で、EUは対外依存が経済安全保障および競争力に対するリスクとなっているとの認識を強めています。2024年時点でEUの製造業は雇用の18.3%、GDPの14.3%を占めていますが、製造業のGDP比率は2000年の17.4%から低下しており、IAAはこの傾向の反転を図り、2035年までに20%へ引き上げることを目標としています。
IAAは、ウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長が2025年の一般教書演説で示した方針を具体化し、クリーン産業ディールや競争力コンパス、経済安全保障戦略の一環として位置づけられます。また、サプライチェーンの脆弱性、低炭素製品の需要不足、許認可の遅延というEU域内における三つの構造的課題への対応を目的としています。
さらに、公共調達や公的支援制度を通じてEU域内製造品の活用を促し、特に低炭素製品およびネットゼロ技術に対するリード市場を創出することで、域内製品への需要を喚起する点に特徴があります。対象分野はEU製造業全体の一部にとどまりますが、産業バリューチェーンにおいて中核的役割を担う戦略的重要分野です。具体的には、エネルギー多消費産業や自動車、ネットゼロ技術を中心に、産業の脱炭素化とサプライチェーンの強靭化を図るものです。
なお、本法案は今後、欧州議会およびEU理事会における審議を経て採択される予定であり、その過程で内容が変更される可能性があります。
IAAの具体的な内容
1, 低炭素製品の需要創出と域内製造基盤の強化
IAAは、公共調達および公的支援制度を通じて、低炭素産業製品の需要を創出するとともに、EU域内での製造基盤の強化(いわゆるMade in Europe=EU域内産 )を図ることを目的としています。具体的には、建設、インフラ、自動車等の分野で使用される鉄鋼、アルミニウム、セメント関連製品を中心に、低炭素要件およびEU域内産要件を組み合わせて導入することで、域内市場における低炭素製品の普及とサプライチェーンの強靭化を促進する設計となっています。
低炭素要件の運用にあたっては、EU域内の製品についてはEU排出量取引制度(EU ETS)のベンチマークや排出算定ルールが適用される一方、輸入製品については炭素国境調整メカニズム(CBAM)のデータを活用することで、EU製品と輸入品を同一基準で比較可能とする仕組みが採用されています。
公共調達については、IAA第11条に基づき、附属書IIおよび附属書IIIに定められた分野において低炭素・EU域内産要件が適用されます。まず前提として、EUと市場アクセスを保障する国際協定を締結していない第三国に設立された主体により所有または支配されている経済事業者は、当該調達手続から排除されます。
その上で、対象分野と適用要件は以下のとおり区分されます。
・附属書II(エネルギー多消費産業)
→ EU域内産要件と低炭素要件の双方が適用されます
・附属書III(自動車分野、特に電気自動車)
→ EU域内産要件のみが適用され、低炭素要件は課されません
さらに、附属書IIの対象製品については、製品ごとに具体的な要件が設定されています。すなわち、鉄鋼、セメント(コンクリート)、アルミニウム等の建設・インフラ関連製品に対して低炭素要件が課されており、公共調達においては、鉄鋼およびアルミニウムについては少なくとも25%、コンクリートについては少なくとも5%が低炭素であることが求められます。また、EU域内産要件の適用範囲にも差異があり、コンクリートおよびアルミニウムには当該要件が課される一方、鉄鋼においてはEU域内産要件は課されません。
自動車分野については、附属書IIIにおいて、電気自動車、プラグインハイブリッド車、燃料電池車を対象に、EU域内産要件が段階的に導入されます。
まず開始から6か月後には、
・最終組立をEU域内で行うこと
・部品やバッテリーの一定割合をEU域内で生産すること
が求められます。
さらに3年後には、
・より多くの主要部品をEU域内で生産すること
・電動システムの一定割合をEU域内で確保すること
といった要件が追加されます。
また、公的支援制度についても同様に、加盟国はEU域内産要件および低炭素要件を組み込んだ支援スキームを設計することが求められます。具体的には、附属書IIに該当する分野では関連予算の少なくとも45%、附属書IIIに該当する分野では100%に対してこれらの要件を適用する必要があります。他方で、必要な部品の供給不足による著しい遅延や、最終製品または技術のコストが30%を超えて増加する場合には、例外的にこれらの要件を満たさない支援制度の実施も認められています。
2, 戦略分野における外国直接投資の審査制度の導入
IAAでは、新興戦略製造分野における外国直接投資について、通知および審査の枠組みが導入されます。対象分野には、バッテリー技術およびそのバリューチェーン、電気自動車および関連部品、太陽光発電技術、ならびに重要原材料の採掘・加工・リサイクルが含まれます。同法案第17条では、これらの分野における1億ユーロを超える外国直接投資であって、当該投資家の属する第三国が当該分野の世界の製造能力の40%以上を占める場合、本章の対象となります。この場合、当該投資は、加盟国の投資当局または欧州委員会の明示的な承認を得ない限り実施することはできません。
審査にあたっては、第18条に基づき、外国直接投資は、出資比率、EU企業との合弁、技術移転、研究開発投資、雇用、域内調達等に関する6つの条件のうち少なくとも4つを満たす場合に限り承認されます。具体的には、外国投資家の持分を49%以下に抑えること、EU企業との合弁を通じた投資、知的財産やノウハウのライセンス供与による技術移転、EU域内における研究開発支出(売上の1%以上)の実施、雇用の過半をEU域内労働者とすること、さらに域内サプライチェーンの強化を目的とした調達方針の策定および域内調達の推進(30%を目安とする努力)などが評価要素として考慮されます。
また、審査は加盟国の投資当局が実施しますが、欧州委員会は通知を受けて意見を提出することができ、加盟国はこれを踏まえて最終判断を行います。加盟国が委員会の意見と異なる判断を行う場合には、追加的な審査期間が設けられるなど、EUレベルでの関与が制度的に組み込まれています。さらに、投資後も当該条件の継続的な遵守が求められ、違反があった場合には制裁が科されます。特に、通知義務違反については、企業の場合には平均日次売上高の5%以上、個人投資家の場合には投資額の5%以上の制裁金が課され得ます。
3, 許認可手続の簡素化・迅速化による投資環境の整備
IAA第4条および第5条では、多くの産業プロジェクトにおいて、複雑で長期にわたる許認可手続が投資の障害となっている点が指摘されています。IAAはこれに対応するため、産業製造プロジェクトに関する許認可手続の簡素化および迅速化を図り、デジタル化された申請手続や単一窓口を通じた行政手続の調整を導入します。これにより、行政機関間の連携を円滑化し、手続の透明性と効率性を高めることで、脱炭素投資および新規製造プロジェクトの実施を加速することを目的としています。
4, Industrial Manufacturing Acceleration Areas(産業加速地域)の指定制度の導入
IAA第五章では、加盟国が特定の地域を産業加速地域として指定し、製造業の集積、インフラ整備、許認可の迅速化等を進めることが可能とされています。これにより、関連産業の地理的集積を促進し、産業クラスターの形成を通じて、EUの製造能力の拡大を図ることが狙いとされています。
日本および日本企業への影響
IAAは、公共調達における平等な取扱いを確保することで、EU市場の開放性を維持することを目的としています。EUは引き続き世界で最も開かれた市場の一つであり、その開放性を経済的な強さとレジリエンスの基盤と位置付けています。本提案は、EU企業に自国市場へのアクセスを提供している国に対し、公共調達において同等の取扱いを認めることで、相互主義の強化を図るものです。また、EUと自由貿易協定(FTA)や関税同盟を締結している国、または政府調達協定(GPA)の締約国に由来する製品・サービスについては、一定の条件の下でEU域内産と同等に扱われます。公的支援制度やオークションなどのその他の公的介入についても、同様の考え方が適用されます。
日本企業の製品・サービスは、日本がEU企業に対して公共調達市場を開放している限り、EUにおいて不利に扱われることはなく、一定の条件の下で「EU域内産」と同等に扱われます。
この点は、以下の条文において明確に規定されています。
IAA第8条(公共調達におけるEU域内産と同等のコンテンツ)
・第11条に規定されるEU域内産要件に関して、EUが自由貿易協定または関税同盟を締結している第三国、または政府調達協定の締約国に由来するコンテンツであって、当該協定の下でEUの関連義務が存在する場合には、EU域内産とみなされます。(原文:With respect to the Union origin requirements referred to in Article 11, content originating in third countries with which the Union has concluded an agreement establishing a free trade area or a customs union, or that are parties to the Agreement on Government Procurement, where relevant obligations of the Union exist under that agreement, shall be deemed to be of Union origin.)
IAA第9条(その他の公的介入におけるEU域内産と同等のコンテンツ)
・第12条に規定されるEU域内産要件に関して、EUが自由貿易協定または関税同盟を締結している第三国に由来するコンテンツは、EU域内産とみなされます。
(原文:With respect to the Union origin requirements set out in Article 12, content originating in third countries with which the Union has concluded an agreement establishing a free trade area or a customs union shall be deemed to be of Union origin.)
海外直接投資(FDI)に関する取扱い
日EU経済連携協定(EPA)の存在により、日本企業による一定の投資については、追加的な規制の対象外となる可能性があります。通常、新興戦略的製造分野における一定規模以上の外国直接投資は事前承認の対象となりますが、EPAの対象となる投資については適用除外が設けられています。
この点は、以下の条文に基づき規定されています。
IAA第17条(FDIの適用範囲):本章は、第2項に規定される新興戦略的製造分野における、1億ユーロを超える外国直接投資であって、当該外国投資家の属する第三国が世界の製造能力の40%以上を保有している場合に適用されます。当該投資は、本章の規定に従い、第19条に規定される投資当局または欧州委員会による明示的な承認がない限り、実施することはできません。
(原文:This Chapter shall apply to foreign direct investments exceeding a value of EUR 100 million in the emerging strategic manufacturing sectors referred to in paragraph 2, where more than 40% of the global manufacturing capacity is held by the third country of which the foreign investor is a national or undertaking. Such investments shall not be implemented unless explicitly approved by the Investment Authority or the European Commission, referred to in Article 19, in accordance with the provisions laid down in this Chapter. )
(中略)
本章は、以下には適用されません。
(a) EUが締結済みまたは暫定適用している経済連携協定または自由貿易協定の対象となる投資家および投資(これらの協定の下で関連する約束がなされている範囲において)。これには、当該外国投資家のEU域内子会社による投資も含まれます。
(原文:This Chapter shall not apply to: (a) investors and investments covered by economic partnership and free trade agreements in force or provisionally applied by the Union to the extent relevant commitments have been made under those agreements, including investments made by the Union subsidiaries of such foreign investors. )
今後の見通し
IAAは現在、欧州議会および欧州理事会における審議の対象となっており、今後の交渉過程において内容が修正される可能性があります。本制度は規則として提案されているため、採択された場合には加盟国に直接適用され、国内実施法を必要とせずEU全体で統一的に適用されることとなります。
参考資料
・Q&A
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